雑記帳。

色々書いていく

書評『池袋通り魔との往復書簡』

 突然だが、読者諸賢は「池袋通り魔殺人事件」を御存知だろうか。もし知らない人がいたら、この先の文章が読みづらいと思われるので、まずここに概要を示すこととする。1999年9月8日、池袋サンシャイン60通りの東急ハンズ池袋店前で起きた通り魔殺人事件である。犯人の造田博(ぞうた ひろし/新聞配達員・当時23歳)は、東急ハンズ池袋店前で通行中の人々に包丁と玄能を用いて突如襲い掛かり、2人を殺害、6人を負傷させる大惨事を引き起こした。その後造田は、殺人・殺人未遂・銃砲刀剣類所持等取締法違反・傷害・暴行の罪で起訴され2007年に死刑が確定した。本書は、その造田と著者との間で交わされた25通の書簡を通じ、この事件とその後にも続く無差別殺人事件の連鎖と、その背後に蠢く社会病理を解き明かす内容となっている。以下ネタバレを含むので注意。

 

池袋通り魔との往復書簡 (小学館文庫)

池袋通り魔との往復書簡 (小学館文庫)

 

 

池袋という土地は今こそ栄えているが、近世江戸の頃には辻斬り、近現代に至れば俗に言う「スガモプリズン」としてABC級戦犯それぞれの処刑を行った巣鴨拘置所と、きな臭い土地柄だ。そして、事件はそんな池袋の白昼、サンシャイン60通りで起きた。右手に包丁、左手に玄能を持った造田は「むかついた!ぶっ殺す!」と叫ぶと同時に、通行人へと襲い掛かる。詳しい犯行の様子は本書を読んでもらえればわかると思うので省くが、残虐極まりない殺戮が行われた。死者2名。負傷者6名。いずれも造田とは面識も何もない人々で、まさしく通り魔と呼ぶにふさわしい犯行であった。

造田は現行犯逮捕。しかし、やがて始まった裁判で、造田の口から事件について語られることはほとんどなかった。代わりに彼の思いを雄弁に語り得たのは、手紙だった……。

著者は、造田の公判中耳にした、造田が友人に宛てた手紙の中の一文に驚きと興味を感じる。

「造田博教を作りました」

この文章の真意を突き止めたいと考えた著者は、東京拘置所収監中の造田へ「造田博教の中身について教えてほしい」と手紙を送る。これが著者と造田との文通の始まりとなった。

造田の手紙も、かなりの内容が本文中に記載されている。だが、正直いずれの手紙を読んでも、文章として何を言いたいのかが見えてこない。日本語にはなってはいるのだ。しかし、著者の問いかけに対する返答であったり、「造田博教」の中身であったりの話になるとよくわからなくなってきてしまう。文章としての総意が掴めないのである。そして、彼のどの手紙にも必ず出てくる二つの文。

「この手紙は私の思った事を適当に書いただけなので、あまり深刻に考えないで下さい」

「ボールペンで消している所があります」

自分が責任を取るのが余程嫌なのか、手紙の内容については「深刻に考えないで下さい」と冗談交じりにして責任を逃れる。一方では、完璧主義者なのか、ボールペンでミスした部分を塗りつぶしたことについて弁解をする。自分が傷つくことを何よりも恐れる姿は、今の若者にも通ずるものがあるのではないだろうか。SNSが発達し人と人との繋がりが希薄になった現代に於いて、大事なのは責任の所在よりもまず自分が傷つかないこと。傷つかないために予防線を張る。傷つかないために人と接しない。傷つかないために表面上は「仲良しのふり」を続ける。傷つかないために……。皆さんも、一度は身に覚えがあるのではなかろうか。

そして、著者から手紙で事件のこと、それがもたらした被害について質問されると、彼はたちどころに妄想の世界へ逃げてしまう。以下本文の造田の手紙より抜粋。

 

「私が事件を起こしたのは無言電話(※本ブログ筆者注・事件の5日前に造田の携帯にかかってきたいたずら電話のこと。造田はこれに激怒し犯行を思い立ったという)で日本にたくさんいる人にたまたま頭にきての事です。私の携帯電話に無言電話をかけてきたのも日本にたくさんいるような人です。頭に来たのは日本にいてわからない事(仕事中トイレに行けない、仕事で大酒に付き合わされるとか。)がそれまでにもたくさんあった事もあります。造田博教に書いてある事と事件とは関係ないですが、いくらかは関係あったと思います。私が事件の事をどう受け止めているのかは、事件の事は反省していますと前にたぶん書いたと思います。」

 

その後著者がこの手紙で出てきた「日本にたくさんいるような人たち」「日本にいてわからない事」の解説を手紙で求めても、明確な返答はなかったという。

自分に都合が悪くなると、内面の世界へと逃げ込む。そこにいれば、理屈に合わないことも正当化できるし、目を背けたいことは見なくて済む。しかし、いくら目を背けたって、現実はそこにあるし、それでも日は昇るのだ。

 

「私は事件の被害者の人の言う事を聞かないでいいと思っています。むちゃくちゃな言い分を含むという事です。私は事件の被害者の人へは裁判で決められた金額に沿うように払えばいいと思います。決められた金額以上は払わないでいいと思います。」(造田の手紙より抜粋)

 

なるほど妄想の世界は居心地が良いだろう。しかし、それはあくまで妄想に過ぎないのだ。見たくない現実から必死に目をそらしても、現実は変わってはくれない。天国のような妄想の世界と、思うようにいかない現実とのギャップ。そこに行き着いた時、通り魔は社会へと牙を剥いた……。

2017年5月現在、造田は東京拘置所に収監されている。