流し読み

どうでもいいこと

実録!恐怖体験「コロナ禍での転職活動」

先日、ようやく新しい仕事が決まり転職活動が終わった。転職活動は新卒の就活とは訳が違うと前々から聞いてはいたものの、コロナ禍の影響による転職市場のかつてない不況もあり、いざやってみると想像をはるかに越えるハードさで、精神と貯金を恐ろしい勢いで削られた。経験としてマイナスにはならないだろうが、いま振り返ってみても、一億円積まれても二度とやりたくないという感想しかない。間違いなく俺の人生で一番「お前なんか必要ない」と言われ続けた5ヶ月間の地獄を振り返り、二度とあのような状況に陥らないよう自分を戒めるためにこれを書き残す。

 

1.転職活動開始~仕事探しを舐めた馬鹿野郎を待つ結果とは~

前職を辞めたのは今年の春先の話だが、諸々思うところがあり在籍時から新しい仕事を探し始めていた。しかし中々見つからず、そうこうするうちに色々な行き違いや事情があり会社を辞めることになった。辞めた直後は「これでゆっくり転職活動に集中できるな~」等と馬鹿なことを考えていた。これが地獄への入り口だとも気付かずに……。

とりあえず志望動機を作りやすく、かつ待遇の良い会社を、身の程もわきまえずに受けまくり、当然ながら落ちまくる。これがもう、笑ってしまうほどに落ちまくった(具体的な数字を出すと、最終的に俺は100社ほどエントリーしているがほぼ全て落ちた)。考えてみれば当たり前の話で、不況の転職市場では様々なスキルや経験を持った即戦力以外に用はないのだ。突出して優れた経験やスキルがあるわけでもなく、かといって大して自己PRや志望動機を作り込むわけでもなく、雑な内容の書類を送り付けて受かると思っていた当時の俺はとんでもない馬鹿野郎だ。応募する企業に対しても失礼である。

そして、さすがにまずいと感じた俺は転職エージェントに登録し、本格的に転職活動へ取り組み、より恐ろしい地獄の深淵へ足を踏み入れることになる。

 

2.仕事が決まらない!~焦りと恐怖、そして虚無~

転職活動を開始して3ヶ月、エージェントに書類の添削などをしてもらったこともあり、多少なりとも面接を受ける機会をもらえるようになった(と言っても、大多数の企業は書類で落とされた)。しかしここで、またしても俺は地獄を味わう。

面接に通らない。とにかく通らない。エージェントを通じて落ちた理由としてよく言われたのが「誠実な人柄は伝わったが、やる気を感じなかった」というもので、オブラートに包まず言えば「陰気で暗く、元気のない見た目、喋り方で印象が悪いから」である。

無論、俺もただ漫然と何の改善もせずに面接を受けていた訳ではない。面接での笑顔の練習をしたり、背筋を伸ばして顔を明るく見せようとしたり、挙げ句の果てには明るい印象に見えるよう化粧をしてみたり……。しかしこれらは小手先の誤魔化しで、本番ではどうにもうまくコミュニケーションを取ることができなかった。こういうところが俺の良くない癖である。初対面だと怯えて、びくびくしながら喋ってしまうのだ(後々これは場数を踏み失敗を繰り返すことで改善されていくが……)。

そんなこんなを繰り広げている中、友人と電話なんかをしていると、仕事の話や結婚の話、将来設計や投資の話等々、いかにも大人な話題ばかりで、ついていけない自分が情けなく、とても恥ずかしかった。自虐的なことを言って友人を笑わせてもどこか苦しく、気を遣って俺でもついていける話題を提示してくれる友人にはさらに申し訳なくて、あんなに自分を恥じたことはないと思う。20代半ばの無職に堂々としている権利などないのだ。俺は焦り、恐れた。このまま一生無職のままで、親に心配と迷惑をかけ続け金も家族も友人も持てずに生きていくのか?老いて働けなくなった時はどうなる?俺の人生は終わってしまったのか?あまりの恐ろしさに感覚が麻痺し、だんだん何も感じなくなっていく自分、今の状態に慣れてきている自分が、一番、たまらなく怖かった。

この頃、ダメ元で公務員試験にも幾つか出願している。しかし、こんな状況で試験勉強など捗るわけがなく、結果ノー勉で受験することになったのは言うまでもない。

 

3.面接対策は念入りに~生きた心地のしない日々~

初夏に入っても相変わらず落ちまくり、仕事は一向に決まらない。しかし一方で、嬉しい誤算もあった。

記念受験のつもりで出願し、1秒も勉強しないまま受けた公務員の筆記試験にパスしたのである(2つ受験してどちらもパスした)。完全に落ちたと思っていたため、結果をチェックしたのが選考が早い方の二次試験の1週間前で、目玉が飛び出るほどびっくりした。すぐに飛行機で会場へ飛び、二次試験を受けた。しかし、面接の手応え的に「これは駄目だな」感が強く、そして案の定落ちた。面接対策もそれなりに練って臨んだだけにかなりショックだったが、済んだことはもう切り替えるしかない。もう一つの方の面接対策に取り掛かった。

何でも、面接が3回だか4回だかあるらしく、初めて選考フローを見たときはその多さにぶったまげた。しかし、もう四の五の言っていられる状況ではない。やるしかないのだ。

それからは、多分人生で一番念入りに面接対策をした。俺は話が長くなる癖があるようなので、「簡潔に、具体的に、結論を最初に」を心がけ、友人にアドバイスをもらい、回答を練った。

これが幸いしたのか、その時同時に受けていた企業の一次面接にも通り、二次の案内も来ていた。場数を踏んで慣れることで、ビビってうまく話せない悪癖が多少改善されたのかもしれない。

回答を入念に準備したことが良かったようで、面接ではそれなりに上手く喋れた。具体的な材料を用意して、それに突っ込まれてもすぐ答えられたのが良かったのかもしれない。結果、やっとのことで内定をいただけた。結果の連絡があるまでは、本当に生きた心地がせず、朝から晩まで家の中を、動物園の熊のようにウロウロ歩き回っていたのを覚えている。両親に伝えると俺よりだいぶ喜んでいて、思わず少し笑ってしまった。

馬鹿息子を見守ってくれた両親、助けてくれた友人には心から感謝している。ありがとうございました。

 

4.転職活動後記

転職活動を終えた今になって思うのは、まず時期が悪すぎたということである。

2020年春先から始まった新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、日本の就活市場は売り手市場から買い手市場へと変貌したと日経新聞か何かで読んだ。俺は経済には詳しくないが、それでも何となく想像はつく事態だ。人や物の移動がなくなり、それによって消費が鈍感し、雇用がなくなったとかそんな感じなのだろう。

言うまでもなく、不況下での転職は苦しい。ましてや、この情勢下ではことのほか苦しい。大した経験やスキルのない、俺のような人材など掃いて捨てるほどいる。企業もそんな人材を雇う余裕はない。この時期に転職活動をするのは、突出した資格、経験、スキルなどがない限り、相当な長期戦を覚悟することになるのは間違いない。

そして次に、これが最も思うことだが、転職活動をするなら会社を辞めずにやることが肝要だということだ。俺は会社を辞めて仕事を探したが、交通費やら履歴書代やらスーツのクリーニング代やらで金はすぐ無くなった。特に交通費は意外と馬鹿にならない。飛行機のチケットの高いこと高いこと……。収入のない状態が何ヵ月も続くと、本当に発狂しそうになる。銀行の預金残高をチェックするたびに胃が痛くなるのはもう御免だ。

俺は様々な幸運により新たな仕事を見つけられたが、少しのすれ違いで今も青白い顔で履歴書を書いていた可能性はある。そして、同年代の友人たちが家庭を築き、人生を豊かなものにしていくのをただ眺めるだけの日々を送っていたかもしれない。これは本当に恐ろしいことで、今になっても不合格の連絡が来る夢や、まわりの人々にどんどん置いていかれる夢を見て飛び起きることがある。いや、実際大幅に置いていかれているのだが……。

考えてみれば、転職活動を始めたばかりの頃の俺は、自分を過大評価していたように思う。社会には俺のような人間など星の数ほど沢山いて、いくらでも代えがきくのだ。それに気付けず、この不況でも自分なら大丈夫だ、何とかなるなどと寝ぼけたことを抜かしていた。仕事探しを始めてすぐそれに気付き、「焦る」ことが出来たのが、不幸中の幸いだったかもしれない。焦っていなかったら、今頃まだ無職のままだっただろう。

転職活動は、自分、ひいては人間というものの性を見つめ直す機会になったことは間違いないし、根性や精神力がついたという側面はあるかもしれない。どのみち、俺にはいつかこういう泥水を啜るような経験が必要だったと思うようにしている。そうでないと、今でも恐ろしさに身震いがしてくるのだ。

これを読んだあなたが、もし転職を考えているならば、コロナが終息して機が熟すのを待った方がいいと俺は思う。しかしそれでも、どうしても転職したいならば、会社の人には内緒にして、コツコツ地道に、長期戦を覚悟して取り組むしかない。会社の人に転職を希望しているのがバレると色々面倒なことになりうるので、言わないことを俺はオススメする。

今月限りで長かった東京暮らしも終わりだ。寂しさは拭いがたいが、新天地で明るく穏やかな未来が待っていると信じたい。高層ビルの間に沈む東京の夕日を見つめて溜息をつくことができるのも、あと半月だけだ。

 

2021年9月12日 引っ越しの準備をしながら……