雑記帳。

色々書いていく

両親と家庭環境

これまでこのブログでは僕の考えたことや趣味のことについてのみ語り、僕自身のことについてはあまり書かないことにしていた。しかし今回、僕の家庭環境について少し書いてみる。僕の現在の性格を形成し、更には病を発症するに至った上で、極めて大事な要素の一つだと思うから。

僕は、北海道の片田舎で高校を出るまで生まれ育った。父は仕事で家にいないことが多く(特に単身赴任してからはそれが増えた)、幼少の頃から家庭では母と接する機会の方がかなり多かったように記憶している。兄弟は僕を含めて3人いて、僕は中間子だった。

中間子という人種にありがちな傾向として「人の顔色を窺う」というものがある。僕もこの傾向は非常に強い。中間子として生まれたことに加えて、両親の教育方針が多分に影響していると考えている。以下にその内容を書いていく(ほぼ愚痴のようなものになると思われるので、見るに堪えない方はブラウザを閉じることを推奨する)。

僕の両親は、教育方針というか子供への係わり方が父と母で全く異なっていた。父は何をするにしても「お前の好きなようにやりなさい」といった感じで、放任主義の人だった。僕がピアノを習いたいと言った幼稚園児の時も、この高校を受けたいと言った中学3年の時も、この大学を受けたいと言った高校3年の時も、大学を休学したいと言った時も、父の態度は一貫して「お前がそうしたいのなら、好きなようにしなさい。金は私が何とかするから」といったものであった。その態度が変化したことは、息子21年目に突入した今まで一度とてない。

母は反対に、とても過保護で過干渉な人だった。何をするにしても僕のやることにいちいち口出しをし、何かにつけ僕のことを心配しては涙を流していた。僕の精神的薄弱さ、女性に対する漠然とした苦手意識は、主に母によって形成されたと言ってもいいと思う。

私事ながら少し前に21歳になったのだが、母は息子がこの歳になっても相変わらず何やかやと干渉してくる。子離れが出来ていないのだ。父は単身赴任中、姉も社会人になり家を出て、実家に普段母と弟しかいないともなれば、寂しさを覚える気持ちも分からなくはない(弟は部活が忙しく帰ってくるとすぐ寝てしまう)。しかし、もうとっくに中年を越えたのだから、いい加減に子離れして精神的に自立してほしいと思うのは僕が間違っているのだろうか。

加えて母は、ややヒステリックな性格をしていた(その影響を受けたのか、姉もヒステリーを起こすことがたまにある)。何かにつけては涙を流して怒り、僕や他の兄弟をそれぞれ比較して粗捜しをすることがあった。兄弟のいる子供にとって、比較されることほどの苦痛はない。成長するに従って、僕は母のことを内心苦々しく、また鬱陶しく思うようになっていった。

僕が高校3年の時の話である。僕は当然ながら大学入試へ向けた勉強に追われる日々を送っていた。そんな時期に、母と姉が喧嘩を始めてしまったことがある(原因は些細な行き違いで、本当に生産性のないどうでもいい内容だった)。晩秋から冬にかけてのことだが、毎日姉が帰ってくると怒号が飛び交い、一頻り怒鳴り合いが終わると母は僕の部屋へ必ずやってきて、延々と愚痴を言った。父が家にいるときは父に愚痴っていたが、普段の愚痴を言う相手は基本的に僕だった。恐らく家庭内の男性で父の次に年嵩だからという単純な理由だろう。しかし、勉強続きでストレスを溜めていた当時の僕には耐えがたかった。自分を育ててきた母に目の前で「母さん疲れた、もう子育てなんかやめちゃおうかしら」だの「私の育て方が間違ってたのかしら」だの言われたら流石に嫌気が差す。まるで僕や弟まで間違った育て方をされたような言い方ではないか。しかも子育てをやめたいとまで言う。僕は別に母を恨んではいないし、今でも実家に帰れば普通に会話や食事はする。しかし、この一件だけは未だに許すことは出来ない。

一度母に「そんなに嫌なら家から出ていけばいいだろ」と言ったことがある。案の定だが、母は泣きながら怒った。「あんたは私がどれだけ毎日苦労して家事と子育てをしてるか分からないの!?そんなことを言う子供に育てた覚えはありません!」みたいなことを言われた記憶がある。育児放棄願望とも取れる愚痴を聞くのが子供の義務なら、僕は息子なんかやりたくない。

今はだいぶ家庭環境も落ち着いて、普段は静かな家になったらしい(実家にいる弟曰く)。僕が帰省したときも、母はあの頃よりは落ち着いた様子だった。過干渉なのは相変わらずだが……。僕が東京にいるときも、本当にどうでもいい内容のLINEを送ってきたり、いちいち食事はきちんと取っているのか、もっと頻繁に連絡を寄越しなさい、心配だから就職はこっちでしなさいだの言ってくる。僕は半分無視している。就職もたぶん東京ですると思う。

生まれてから21年間、全く教育方針の違う両親のもとで育ち、双方の顔色を窺いながら波風を立てぬよう生活し、母からの過干渉と散々な愚痴やヒステリーの数々を受けた僕が、神経質で人の顔色を窺ってばかりいる気弱な性格になるのは無理からぬことではあるまいか(こういう言い方をすると親に責任を転嫁しているようで何だか嫌だが)。

長々と書いたが要するに何が言いたいかというと、子育てをするときは両親で教育方針や意見を統一すること、子供に愚痴らないこと、育児放棄を脅しにしないこと、干渉しすぎないことが大事だということである。将来、皆さんが親になったとき、僕のような醜い子供を育ててしまうことがないよう願う。