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雑記帳。

色々書いていく

書評『社会人大学人見知り学部卒業見込』

今回紹介する本は、お笑いコンビ「オードリー」若林正恭さんのエッセイ『社会人大学人見知り学部卒業見込』だ。雑誌『ダ・ヴィンチ』で連載されていたコラムをまとめたもので、高校時代に初めて読んで以来、僕の愛読書の一つになっている。因みに、半年間の休載を挟んで、現在は『どいてもらっていいですか?』に題を変更し連載が再開されている。以下ネタバレを含むので注意。

 

 

作者の若林さんはお笑い芸人。2008年M1グランプリでの準優勝を契機に、現在様々なメディアで活躍しているのは誰もが知るところだ。そんな彼だが、売れない20代を社会とほとんど関わることなく過ごしたために、ブレイク当初は自身と世間との常識の差にかなり戸惑ったという。例を挙げてみる。以下本文抜粋。

 

「ぼくにとって相方の生活の仕方はそんなにおかしいものでもなかった。(中略)相方は赤ちゃんのおしりふきで体を拭いていて、ぼくはタオルで拭いていた。相方はコインシャワーまでシャンプーしながら歩いて、ぼくはコインシャワーの洗面台で髪を泡立ててからシャワー室に入るぐらいの差であった。(中略)だけど、度重なる相方の家のロケで、風呂なしの家に住んで体を拭いている生活がテレビで扱われるほどには(社会では)珍しい部類に入るってことを知った。」

 

他にも例を挙げていくと色々あるが、冗長になるので止めておく。本書は、若林さんがそんな世間と自身の様々なギャップに戸惑いながら、徐々に社会人としての振る舞いや考え方を身に着けていくという内容である。どの章も、思わずクスッとしてしまうような数々のエピソードが紹介されており、中でも僕がとりわけ好きなのが「自意識過剰」の章と「ネガティブモンスター」の章である。

まずは「自意識過剰」から見てみる。幾つかの自意識過剰エピソードがはじめに披露されているのだが、同じく自意識過剰な人間の僕には非常に共感でき、高校時代はこの章を何度も読んだ。美容院で髪型を事細かに注文するのが恥ずかしい。スタバで「トール」だの「グランデ」だのサイズを言うのが恥ずかしい。「パスタ」と言うのが恥ずかしくて、昼に何を食べたか訊かれたとき「何も食べてない」と言った。etc……。

そして、極め付けがこの一言。「誰もぼくのことなんか見ていない。それはわかっているのだ。だがしかし、だ。ぼくなのだ。ぼくが!見ているのだ!」

世間の人たちが見れば、なんて自意識過剰なんだと思うかもしれない。しかし僕にはこの気持ちが痛いほど分かる。自分の言動が周囲にどう思われているか気にしすぎるあまり、自分でも振り返ってみると了解に苦しむようなことをしてしまう。自意識が強すぎるが故の哀愁みたいなものが、上の一文からは滲み出ているように感じた。

 

次に、「ネガティブモンスター」の章。今でこそ売れっ子芸人の若林さんだが、20代の頃は全く売れず、自分の将来について悩み続ける毎日だったという。ネガティブと向き合い続けた彼なりの「ネガティブモンスター」との付き合い方が、この章には書いてある。彼はこう言う。「ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ。」

彼曰く、ネガティブな感情にとらわれそうになった時は、何かに没頭するのがいいのだそうだ。一つの物事に集中することでネガティブを体内から追い出すことが肝要とのこと。高校時代、ネガティブに常に思考を支配されていた僕にとっては、これを初めて読んだときの衝撃には凄まじいものがあった。今でもネガティブに支配されることはままあるが、以前ほど懊悩の限りを尽くすようなことはなくなった。ネガティブに苛まれそうになったら、趣味に没頭するようにしたからだ。皆さんも是非お試しあれ。

最後に「ネガティブモンスター」の章から、僕の一番好きな文章を引用して終わりにする。

「これまでぼくは起きもしないことを想像して恐怖し、目の前の楽しさや没頭を疎かにしてきたのではないか?深夜、部屋の隅で悩んでいる過去の自分に言ってやりたい。そのネガティブの穴の底に答えがあると思ってんだろうけど、20年調査した結果、それただの穴だよ。」

強烈な自意識を秘めながら、社会への参加方法を探し続けたエッセイ。是非一度手に取って読んでみて下さいね。