雑記帳。

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書評『春の雪』

記念すべき書評1冊目は、三島由紀夫の長編四部作『豊饒の海』の第一部、『春の雪』である。以下ネタバレを含むので注意。

 

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

 

時は大正。 主人公の松枝清顕は、明治維新の功臣を祖父に持つ侯爵家の嫡子。そしてヒロインの綾倉聡子も、伯爵家の深窓の令嬢。二人とも、所謂「名家」のお坊ちゃまお嬢様だ。この二人の悲恋をスキャンダラスに描き切ったのが本作である。正直なところ、題材としてはかなりありきたりなものだと言えよう。しかし、そんなありきたりな題材も三島にかかれば、ここまでの美しい物語へと昇華される。

とりたてて私が好きなのは、主人公の清顕である。この清顕という少年は、基本的にかなりめんどくさい。そして思春期特有の女性への悩ましさに溢れている。何しろ、恋い焦がれている聡子に自分が女慣れしていない童貞だと馬鹿にされるのが嫌で、わざわざ「俺はもう経験済みだ!」なんていう嘘を書いた手紙を聡子宛に送りつけたりするのだ。他にも、松枝家にやってきた留学生に「内心では『へえ?君はその年で、一人も恋人がいないのかい?』と馬鹿にされているんじゃないか?」と被害妄想にかられたり、更にはその留学生へ「きっと近いうちに彼女を紹介するよ」と彼女なんかいないのに虚栄心からそんなことを言ったりと、序盤はまあ読んでて苦笑いしてしまうような言動が目立つ。聡子のことが好きなのに、うまくアプローチできないもどかしさ。聡子に弄ばれてばかりの自分と、己が心を波立たせる聡子への苛立ち……。アンビバレントな感情に苛まれる少年を三島は見事に描写している。

そして物語はクライマックス。綾倉家に宮家との縁談話が舞い込んでくる。当時はまだ宮家の威光は圧倒的な時代。断ることなど出来はしないのだ。清顕と聡子の恋路は、こうして破滅が運命付けられてしまう。

ラストシーン。病に冒されながらも清顕は、出家を決意した聡子に一目会おうと奈良まで向かう。しかし、逢瀬を果たせぬまま、失意のうちに友人の本多に連れられ東京へ戻る。清顕の最後の台詞。

「今、夢を見ていた。又、会うぜ。きっと会う。滝の下で」

豊饒の海』の主題とされた夢と転生、その念が滲む言葉をラストに持ってくるのが何ともニクい。三島文学という大海原を心行くまで旅したくなる、そんな一冊の紹介でした。